猫の寝言

小学校中学年の頃、わが家に初めてやってきた猫は、三毛猫の子猫。やってきたというよりも、押しかけたという方が正しい。後になってわかったのだが、どうやら同級生がうちの近所につれてきた子猫だったようだ。
大の猫嫌いの母をも屈服させるほどの愛くるしさと賢さをもったその子は、当時開き戸の片隅に小さく開いたガラスの割れ目をひょいとくぐり抜けて、うちへ入り込んできた。かき氷皿に注がれたミルクを美味しそうにぺろぺろ飲んで、ちゃんと、押さえどころをわかっているかのように、母の足許にすり寄った。
以来、彼女は次々と子孫を増やし、かくして、わが家は「猫屋敷」になる。
だから、そこからの私の生活と猫は切っても切り離せない。
中高生の頃、試験勉強をするのにも、必ずつきあってくれる猫がいた。夜型だった私は、皆が寝静まった頃に机向かう。机の上には、必ずMの姿。猫なのだから、さっさとベッドの上で眠ればいいのに、彼女はこっくりこっくり、舟を漕ぎつつも、煌々とともされたライトの真下に座っている。時々、彼女流の眠気覚ましなのか、手元に置いてある消しゴムなんかを、意味もなく転がして、年甲斐もなく、いきなりたまをとったりする。普段はそんなこと、絶対にしない、クーーールなヤツなのに。
私が眠そうにすると、顔をベロリン!となめたり、ほっぺたや頭のてっぺんに手を当てて、ギュッと爪を立ててみたり。精神的に不安定な私が意味もなく涙を流すと、そっと涙をぬぐってくれる。もちろん、ザラザラのラング・ド・シャで。
 パートナーとしてはなんだか申し訳がなくて、彼女があまりに眠そうにして、猫のくせに頭が前後に大きく揺れた挙げ句あごを机で打ったり、彼女がいつも箱座りをする机の段差からどてっとずり落ちたりした時は、そっと抱き上げてベッドの上に寝かせてあげていた。それでも律儀な彼女は、よほど眠くて仕方ない時以外は、トン!とベッドから飛び起きてまた、机の段差に戻ってきたけれど。
ある夜、眠くて眠くて仕方なかったのだろう、珍しく、そのまま「お先にごめんね」という表情で眠ってしまったことがある。猫だから、これが、普通だ。でも、私のことが気になっていたのか、程なく、ウニャッ、ニャッ、ムニュという変な叫びを挙げ始めた。猫の寝言というものを、そのとき私は初めて聴いた。
 パートナーだから、ちゃんと見ておいてあげないと、なんて思っていたのだろうか。犬の場合、飼い主と立場が逆転すると噛みついたりして大変らしいが、猫の場合は、こうやって世話をやいてくれるのかも。やっぱり、猫好きはやめられない。